アフガニスタンの旅 1979年

3月5日

朝、8時起床、再び時計を探すが見つからない。洗濯を頼んでおいたズボンとシャツ
まだ湿気ているが仕方が無い、天気は曇り。 10時カンダズ行きのバスを見つけ、チャイ
とパンで朝食。11時にバスは出た。天気も良くなり素晴らしい景色、広大な平原を横切り
山を越え、谷を渡り再び大平原、低い山は赤茶色の土、薄っすら緑の平地の向こうには3,
4000m級の山々に雪が乗っている。カンダズには直接いかないでプリフムリという町を
経由して行くらしい。その町の手前で休憩。チャイと砂糖付きの揚げたナン、ほうれん草
をはさんだナンを食べる。パサパサのほうれん草が薬のように苦い。プリフムリの町を過ぎる
と川に沿ってバスは走る。トラックを改造した小さなバスに乗客は20人ほど。丸みのある
低い山の向こうに地平線が山波の隙間から覗く、こんな景色の方が返って地平線ばかり
より広さが感じられる。木々も増えてきて、道の両脇に白樺並木が続き、田畑も増える。
ここはアフガニスタンの北東ソビエト国境に近い所、地図の上では全く地球の片田舎な
所、こんな景色の中で自分のいる位置を考えると、本当に不思議な気になる。

大分陽も落ちかけた夕方5時半、カンダズに到着。約310キロ、バス代50アフガン(300円)
ホテルを探すが大きな町の割りには、町外れに高いホテルが二軒しかない。何とか1人75アフガン
まで交渉して、遠い方に決める。再び町まで夕食を摂りに歩くがぬかるみがひどい。ライスとポテト
とみかんを食べる。帰りは満天の星空の下ホテルまで帰る。があまりにも暗く、水溜りだらけの道
なので、星空を楽しむ余裕がない。

3月6日

このアフガニスタンの旅でもっとも印象的だった日かもしれない。朝5時半起床。うす暗い中
町まで歩く。6時半発のカンダズからドシ行きのバス80アフガン(少し高い)が7時に出た。
霧が立ち込め、景色は見えない、9時半ドシの到着。街道町である。チャイハナでバーミアン行き
のバスを待つ。野いちごに似た形で黄と黒の乾燥した、少し甘いパサパサの実を買う、(2アフガン)
バスがいくら待っても来ない、トラックが止まり1000アフガン出せば乗せてやるというが、馬鹿馬鹿
しい値段にあきれながら、断る。待ちながら色々とラックと交渉する事3時間、ようやくバーミアンの
手前、3分の2程行った所にあるドアウという町まで行くトラックの荷台に、50アフガンで乗せても
らう。荷物が一杯、乗客20人でぎゅうぎゅう、がたがた道にホコリ、凄い風。グランドキャニオンに
似た谷の下を川に沿って砂利道を走り続ける。景色は抜群だが疲れきる。3時半ごろ、休憩、
ハラペコ、ナンとチャイををチャイハナで食べる。もうこの頃には乗客は3人に減ったが、その中の
おじさんがピストルを持っていて(スペイン製の22口径と書いてあった)2,3発近くの岩に面白
半分で撃つのを真じかで見た、撃った瞬間岩が砕けるでびっくりするのと、怖いものだと、実感する。
持たせてもらったが、結構重い。バスが走り始めてしばらく行った所で土砂崩れがあった。トラック
3台ほどが立ち往生している。現場で20人ほどの男が岩を取り除いていたが、もう2時間もやって
いるという。しばらく掛かりそうだったので、近くの山を登ってみる、細い谷間で何処で土砂崩れが
あってもおかしくは無い場所だ。4,50センチくらあるでかいトカゲを二匹見た。びっくり。思いの他
早く道が開通して、またトラックが走り始める。5時過ぎにドアウ到着、20軒ほどの集落、高台の
チャイハナでバーミアン行きの車を待つ。地図を出したら人が大勢集まってきた。一時間位後
トラックが通る。町のポリスが交渉してくれる。バーミアンまで150アフガンと言うが100にしろと
交渉するが、応じない。なんだかこのポリスも小遣い稼ぎをしてそうな雰囲気、でももう暗く車
も少ないので乗る事にした。荷台には干し草が山盛り、運転席に乗り込む、5人が横座りの
じっちゃんやら子供やらが運ちゃんで3人座ってた。バーミアンに着くものだと思って、うつら
うつらしていたら、9時半頃、一軒のチャイハナに泊まり、今日はここまでだという。どうしようもない
のでチャイハナの土間に上がりこむ。ろうそくが4,5本壁の周りに置いてあり、ストーブに火が
入り、怪しいムードは満天。チャイとナンで9アフガン、一泊10アフガンを支払う。10人ほどの男と
子供が2、3人。男達は皆ライフルと小刀を持っている。その中の1人が寄ってきて、しきりに金
をもっと出せ、と迫ってくる。トラック代100アフガンを払う(本当は150だったのだが)。お前は
旅行者だから、金は沢山持っているはずだから、もっと出せと、ライフルを抱えた男、それを
周りでじっと見つめる男達、結構やばい状況だな、と。こんな山の中で旅行者が消えても誰にも
分からないよな、と思う。1人10歳くらいの男の子がいて彼が珍しく、英語が少し出来た。一生懸命
通訳してもらい、金は無いの一点張り、を押し通す。なんとか納得してくれた。ベットも毛布も無い。
外はおそらく零下の温度で寒かったが横になる。ダニかなにかに足がかなり刺された。ハードな
一日だったが、夜中何度も目が覚める。かなりの緊張。

3月7日

朝5時半起床、6時にトラックが出た。近くの村の農家に寄り、荷台一杯の干し草を下ろすのを
手伝う。その農家で、グリーンティやチャイ、ナンをごちそうになる。ちなみにトラック一杯の干し草
の値段は5800アフガンだった。けっこう高い!そこを8時に出てバーミアンに9時半到着、そこまで
荷台に乗って行った。気持ちよし。バーミアンの仏像がポプラ並木の間から見えた。今回バーミアン
に来たのは、その奥にバンディアミールという湖があり、素晴らしい景色の所だ、と聞いたからだ。
色々そこに行く方法を聞いて回るが積雪が多くバスではもう行けないとの事、ジープをチャーターして
往復すると、5,6000アフガンかかるそうだ。湖は諦める。ホテルを決める名前は「タジ」1人30アフ
ガン、チャイハナの二階で木の床に、せんべい布団、ランプがひとつ。しばらく休んでから、仏像を
見に行く。入場料10アフガン、二つのうち、小さいほうの上まで登る。息切れ、写真は撮らず。(今年
2001年春に破壊された、残念)。体調があまり良くないので、ずーっとチャイハナで休む。夜は何処
の店も8時で閉まった。夕方と夜二回ライスを食べて寝た。